東京高等裁判所 昭和28年(う)2516号 判決 1953年11月05日
控訴人 被告人 西谷みね子
弁護人 倉田雅充
検察官 司波実
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人倉田雅充の控訴理由は、末尾に添附する控訴趣意書と題する書面に記載するとおりである。
次に、原判示第三の事実は原判決の挙示する証拠によつて優に証明され、しかも、記録を調べてみても、原判決の認定に誤ある廉を見出しがたいのであるが、該事実たるや、被告人は所持していた米国軍票を、東京都台東区内御徒町駅附近から同都千代田区丸の内一丁目に行く迄の間において、タクシー車内において広岡ツエに手交してしまつたというのであるから、まつたく、日本銀行に寄託する意思がなかつたことを容易に推認することができるので、この意思があつたもののごとく主張する所論は、事実を徒らに否認しようとするにすぎないのであつて、もとより採用するわけにはいかない。ところで、昭和二七年四月二八日政令第一二七号第四条が「合衆国軍隊等」以外の者の軍票の保有を制限し、その所持する軍票は、これを遅滞なく日本銀行に寄託しなければならないものと定めているのであるが、これ、公共の福祉の為にする財産権の内容の制限であつて憲法の当然に是認する所である。従つて、かかる定をもつて憲法に違反するとする所論は、排斥しなければならない。そうして、昭和二七年四月二八日大蔵省令第四八号は、右寄託についての手続を定めているのであつて、該寄託について何等手続を定める所がないというがごとき所論は、事実に反するものといわなくてはならない。しかり、然して原判示第三の事実たるや、原判決の挙示する証拠によつて優に証明することができる以上、原判決が右事実に対し、判示のごとく外国為替及び外国貿易管理法第二一条の外、右政令及び省令を適用して被告人を処断したのは、まさに、正当である。従つて、論旨第二点は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)
控訴趣意
第二点原判決理由摘示第二の事実は「被告人が米軍票参百弗を所定の手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなかつた」との理由で外国為替及外国貿易管理法第二十一条、第七十条第二十二号を適用処断しているが、右は平和条約の効力発生後米軍票の所持を処罰することが出来なくなり為めに所持そのものを処罰する代りに、「遅滞なく日本銀行に寄託しなかつた」との理由で実質的の所持を処断しているものである。換言すれば法の形式からは所持を処罰していないが実質に於ては所持を処罰しているものである。これは明らかに憲法第二十九条の財産権私有の自由を無視したもので憲法違反である。而も所定の手続に依り遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたというが所定の手続とは何を指すのか一般国民が何かの都合で米軍票を入手するの止むなきに立至つた場合これを日本銀行に持参し寄託する方法は何等定められていない。のみならず実際においてもその軍票を日本銀行に持参し寄託しようとすると直ちに逮捕せられるのである。本件においても被告は米軍票参百弗を銀行に持参し日本金との取替えを為そうとしたのである。斯くの如く遅滞なく寄託しなかつたとの理由で所持することを処罰しているのが前記外国為替及貿易管理法であつて憲法違反で無効であると信ずる。
(その他の控訴趣意は省略する。)